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はじめ

フランスの作家、マルセル・プルーストは『失われた時を求めて』の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した瞬間、その香りが幼少時代の記憶を呼び覚ましたことを書いています。
“叔母のくれたマドレーヌの味を思い出したとたん(中略)記憶はずるずるとあふれ出てきた。(中略)今や家の庭のすべての花々ばかりか、スワン氏の庭園の花々も、ヴィヴォンヌ川の睡蓮も、善良な村人たちの住まいも、教会も、コンブレーの全体も周辺も、すべて、生き生きとかたちをなし、あざやかに色づき、ゆるぎなく立ち上がった。この町も庭も、ぼくの口にした紅茶とマドレーヌから飛び出してきたのである。”
マルセル・プルースト. 『失われた時を求めて』. 集英社.
このように、特定の香りを嗅ぐことによって、その時の記憶、場所、体験や感情などが蘇る現象は「プルースト効果」と名付けられました。
香りはまた、さまざまな用途で、古くから使われていました。
香りの神秘を最新科学で解き明かした
『「香りの」科学 匂いの正体からその効能まで』によると、“エジプト文明では、紀元前3,000年よりも前から香料が使われており、ミイラ作りの際には香りとしてだけでなく、防腐効果としても活用されていました。エジプトの他にもギリシャ、インドや中国の古代文明同士の交流の際にも香りは大きな影響をもたらしていた”とあります。
平山令明『「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで』講談社 2017
香りは古くから人々の生活の中にありましたが、大半の情報が視覚や聴覚から得られているため、ビジネスやブランディングに重要視されるようになったのはまだ最近のことです。
しかし、香りの重要性は近年上昇しており、欧米では香りを商標登録できるほど、ブランドのアイデンティティとして大きな役割を持っています。
本文では、そんな香りとブランディングの関係性(セントマーケティング)についてお伝えします。
ブランディングと嗅覚の関係性
ブランディングには、機能的価値と情緒的価値の二つの顧客価値があります。
機能的価値は「快適さ」、「丈夫さ」など、商品やサービス、またはそのブランドから顧客が得ることが期待できる価値のことを言います。
もう一つの情緒的価値とは、その商品やサービス、またはブランドを利用することで顧客が感情的に得られる満足感のこと示します。
車で例えると、軽トラックは移動する目的は達成できますが、高級車を運転することで得られる、「気持ちが高まる」、「満足する」など、感情面の幸福感は得られません。一方、情緒的価値を理解している顧客は高価格であっても最初から高級車を選ぶ傾向があります。
この情緒的価値を高めることが、ブランディングには重要で、顧客の感情に訴えかける、または感性を刺激する2つの方法で効果的に高めることができます。
感情に訴える一つ目の方法は、ブランドストーリーを重要視することです。
ブランドストーリーはそのブランドの歴史や社会との関わりなどが語られ、顧客がそのストーリーに共感することで成り立ちます。
情緒的価値を高める二つ目の方法は、効果的に五感や感性を刺激することです。
人間は、視覚で一番多く情報を取り入れており、情報の70%以上は視覚から得るとも言われています。
その次に聴覚が最も多く使われ、サービスを実体験する触覚と味覚が次に並びます。
しかし、脳は、自動的に情報を判断し、興味のないものは目や耳に詳細な情報が入らないように出来ています。特に情報過多な現代社会の中で、視覚的、聴覚的な情報があまりにも多いため、人は自分に興味のない情報はシャットアウトしてしまいます。
一方で、嗅覚からの情報は、自身でコントロールすることが出来ません。
香りや匂いなど、嗅覚を刺激する要素は、脳に一番早く、直接的に届き、一番長く記憶に残ると言われています。嗅覚は五感の中でも唯一感情を司る大脳辺縁系と繋がっているため、前途の情緒的価値と結びつきやすく、ブランドの印象をダイレクトに伝える効果が期待でき、ユーザーに対してブランドの認知を高め、提供価値を即座に思い起こさせることに繋がっています。
そのため、独自の商品やサービスを打ち出す以外にも、多くのブランドは香りをブランディングやマーケティング手法として取り入れています。
セントマーケティングを効果的に取り入れているブランド事例
空間を香りで演出することは、顧客の店舗や商品に対する評価、再来店の意思決定を向上させると同時に、従業員のカスタマーサービスに対するパフォーマスの向上と、それに伴う顧客の好感度アップにも繋がります。
心地良い香りは人々の気持ちやマインドセットに非常にポジティブな影響を与えてくれます。
また、このような心地良い香りは、無条件に購買意欲を掻き立て、店舗に長く滞在したくなる効果があるため、経済的効果にも繋がります。
このように、香りはストレスを軽減し、リラックスや気持ちの切り替え以外にも、ブランディング、顧客満足度のアップなど様々な効果があります。
多くのブランドは、ただ良い香りを取り入れるだけでなく、独自のシグネチャーセントを開発し、まだ認知度が低いブランドのイメージを印象付けると共に、ブランド自体を人々の記憶に残し、多くのビジネスチャンスを得ようとしています。
特にリゾートや高級ホテルなどは、香りを独自のマーケティングとして強く打ち出す傾向にあります。
顧客が滞在する空間の中に独自の香りを漂わすことで、非現実的な空間へ導き、その場での体験やポジティブな感情を香りとともに顧客の脳にインプットします。
世界中に支店を持つホテルブランドが香りを統一することで、どの国のホテルに訪れても一瞬にして「戻ってきた」という安心感を得ることができ、その結果、ブランドにとってのロイヤルカスタマーの獲得に繋がります。
今では外資系の大手ホテルチェーン、自動車や飲食など様々な業界のトップブランドが独自の香りを開発し、自社ブランディングに取り入れています。
その中でも、ブランドイメージの構築に戦略として香りを効果的に使用しているパイオニアとして知られるブランドの事例を2つ挙げます。
アメリカの某アパレルブランドは、ブランディング、顧客満足度の向上や売上アップを目的に、早くから香りを取り入れ、ブランドイメージとして打ち出していました。
当初は色気のあるムスクの香りを取り入れていましたが、ブランドコンセプトをユニセックスへとシフトした段階で、香りもそのメージに合わせ、ホワイト・ベルガモットという、爽やかな印象の香りへと修正を行いました。
その結果、自社ブランドのイメージに合った香水が、売り上げに大きく貢献したと言われています。
某大手アジア系航空会社では1990年代から独自のフレグランスを開発し、航空ブランドの中でも初めて香りをブランディングに使用しました。例えば、おしぼりや機内に微かに匂わせるほか、客室乗務員も香水を持ち歩き、この独自の香りを身に纏いながらサービスをしていました。
この香りを嗅ぐことで、旅行に出かける楽しみや、母国へ帰る時の安心感など、顧客の旅の記憶と感情を上手く繋げることに成功していると同時に、この航空会社のオリエンタルな印象と、世界的に定評のある上質なおもてなしを想起させる効果も与え、顧客の心をしっかりと掴むことでリピーターを獲得しています。
香りをブランディングに取り入れるプロセス
企業が自社のブランドイメージに基づいて独自に開発した香りを「ブランドセント」、または「シグネチャーセント」と呼んでいます。
顧客の記憶にブランドイメージを残すために、このような香りを効果的にブランディングに取り入れることができます。
香りをブランド化するためには、大きく4つのプロセスがあります。

1. Planning
ブランドイメージ、ブランドパーパス、ターゲットや主要顧客、そして美的感覚や香りを設置したい場所などをクライアントにヒアリングします。
また、ブランドとして打ち出したいイメージ(特にリニューアルや新規ブランドの設立などの場合)や希望する香りが決まっていない場合、ワークショップなどを実施してクライアントと一緒にブレストすることも可能です。
2. Scent Proposal
打ち出したいイメージや香りが定まったら、いくつかのサンプルで提案します。
納得する香りが生まれるまで、丁寧に調整します。
3. Space Setting
香りが決まり次第、希望する場所の空調の状態や人の流れを把握し、香りの効果を最大限に発揮できる空間デザインと演出を行います。
4. Product Expansion
その空間で体験できる香りを、今度はエンドユーザーも使えるよう、プロダクト化することも効果的です。
キャンドル、アロマオイル、ハンドクリームやルームスプレーなど、そのブランドに合ったデザインで香りをプロダクト化することが可能です。

終わり
海外で香りは非常に効果的なブランディングツールとして使われていますが、日本ではその価値や重要性の認知度がまだまだ低い状況です。これからは、企業のブランド情報を意図的に嗅覚からターゲットへと届けることで、日本企業のブランディング力は更に高まると考えられます。
視覚や聴覚からの情報が溢れ、ウェルネス重視の現代においては、嗅覚を刺激する情報提供とそのニーズが増えています。
香りをコミュニケーションのツールと捉え、ブランディングの手法として上手く使っていけば、ユーザーとブランドを直接的に繋ぐことができ、ユーザーの情緒的価値、及び体験価値をさらに高めていけるのではないでしょうか。
